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端午の節句の由来について簡単に説明!始まりは古代中国だが諸説あり!

子供の日を端午の節句と言いますがその由来について書いていこうと思います。

なんで5月5日なのかそしてどうして祝われるようになったのか?

男の子のお祭りなのは何故なのか?

 

 

いろいろ調べていきたいと思います。

どうも~@kesuikemayakuです。

子供の頃はおじいちゃんが五月人形を飾ってくれたのはいい思い出ですね。

 

 

男の子なら一度は体験する端午の節句についていろいろ調べたのでシェアしていきたいと思います。

 

端午はなんで5月5日なのか?

端午とは

 

  • 端⇒はじまり
  • 午⇒5月

 

端午の節句の「端」は端っこという意味ではじまりを意味し「午」午の月は旧暦で五月です、なので5月のはじまりの日という意味があるそうです。更に午は語呂合わせで「5」と同じ発音なので5月5日という事になります。

 

 

なんかこじつけ臭い感じですね~

でもお祭りなんて験担ぎの意味もあるからこれくらいでいいのかもしれませんね。

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端午の節句の由来とは?

端午の節句は元々は女性、女の子のためのお祭りだって知っていましたか?

端午の節句≠こどもの日という衝撃の事実があります。

 

こどもの日と端午の節句は一緒じゃないの?

@kesuikemayakuもびっくりです。

あれって同じものだと思っていました。

 

端午の節句は古代中国が起源

端午の節句の起源は中国ですが諸説す。

一つは呉越民族の竜トーテム崇拝に由来するという説、5月を「悪月」、5日を「悪日」とし、夏季の疾病予防に菖蒲を用いたという説も存在する。
古代中国では雨季が始まる5月は病気や厄災の月とされ御祓いが必要とされていました。

また、月と日が重なる時は、邪気を払うとされ5月5日に菖蒲や蓮でお祓いがされていました。

 

 

 

中国でも端午節として5月5日はお祝いをしているそうです。

ついでに中国ではこどもの日は6月1日です。

 

もう一つの説は端午の節句で人形やちまきが登場するかと言うと古代中国文学の詩経・楚辞 からの離騒というエピソードが元になっています。

 

春秋戦国時代(前340頃~前278頃)の国】の国王に仕える側近、屈原(くつげん)という政治家がいました。

彼は詩人であり政治家で正義感と国を思う心が強く人望も厚い人物だったそうです。

しかし、陰謀に巻き込まれ国を追われた屈原がその思いその時の想いを歌った長編叙事詩「離騒(りそう)」は中国文学史上、不朽の名作と言われています。

 

 

国の行く末に絶望した屈原は汨羅(べきら)という川で入水自殺をしたそうです。

楚の国民は屈原の遺体を探します。

屈原の遺体が魚に食べられないように太鼓で小魚をおどし、ちまきを川に投げました。

 

 

その日が中国の年中行事になり、へさきに龍の飾りをつけた小舟で競争するドラゴンレースが生まれたと言われています。

魚に死体が食べられないためにちまき(肉粽=ローツ ォン)を投げたというのが端午の節句にちまきが食べられる起源です。
このようなエピソードから、毎年命日の5月5日の屈原の供養のために祭が行なわれるようになり、やがて中国全体に広がっていったのです。

国と人民に尽くした屈原の政策は、死んだ後もいっそう人々に惜しまれ、多くの粽(ちまき)やヨモギの人形を川に投げ入れて国の安泰を祈願する風習に変わって行きます。

 

 

 

そして、その風習は、病気や災厄(さいやく)を除ける大切な宮中行事、端午の節句となったと言われています。

三国志の時代に端午の節句は、魏(ぎ)の国により旧暦五月五日に定められ、やがて日本にも伝わって行きました。
つまり端午の節句は国の安泰を願う風習だった!

 

古代中国のいろいろな風習が混ざって今の端午の節句の元ができたと言ってもいい。

 

日本の端午の節句は弥生時代からあった?

弥生時代頃から端午の節句の原型になるようなお祭りはあったみたいです。

田んぼの神様にお祈りをするお祭りが5月4日の夜から5日にかけて行われていました。

お祈りをするのは若い女性と決められていて神社やお寺で一日中、お祈りをしていました。

 

 

 

これは5月忌みと呼ばれ若くて清らかな女性がするものとして女性たちが体を清める儀式です。

これと中国の端午の節句が合体して菖蒲酒で女性の体を清め邪気を払う行事になっていきます。

 

 

 

 

菖蒲は悪い物を寄せ付けない魔除けの効果があると言われ家の外に飾られました。

 

 

飛鳥時代になると中国の文化が流れてきます。

中国では昔から端午の節句をしていたようです。

古代中国の文化としてよもぎで人形を作ったりちまきを食べると健康になるという風習が伝わったみたいです。

 

よもぎの人形を作り川に流す事で自分の健康を祈っていました。

 

菖蒲と勝負の語呂合わせ

武士が生まれた時代になると菖蒲と勝負をかけて

験担ぎなんかもあって菖蒲は男性というイメージがついたみたいです。

魔除けのお守りに菖蒲の模様をつけた甲冑なんかもあるので

 

更には尚武=武道、武勇を重んじること、という言葉にかけられるようになります。

また、菖蒲の葉っぱは剣の形に似ているから武士に好まれたという説もあるようです。

 

 

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五月人形のはこうして生まれた

また、よもぎの人形も藁人形になり最終的に5月人形になったと言われています。

兜や鎧は身を守る象徴として神社にお参りする時に奉納するしきたいも生まれてきました。

 

 

 

男の子が生まれるとその子の健康や勝負事に勝てるように願って兜や鎧を家の中に飾り、外には魔除けの色を使った吹流し(ふきながし)を飾りました。

 

よもぎの人形から鎧兜になったのは必然と言えますね。

 

鯉のぼりはどうして生まれたの?

江戸時代中期頃には武家の錦に対抗して町人たちが鯉のぼりを飾り始めたそうです。

鯉が滝を登ると龍になるという鯉の滝登りをモチーフにしています。

 

鯉は清水でも泥水のような沼でも生きられるまさに生命力のシンボルであると同時に出世魚としても鯉は最強ですねwww

 

大正時代に5月5日を児童愛護デーという子供を大切にしようという働きかけがあった事から昭和23年にこどもの日という祝日ができました。

 

まとめ

  • 古代中国が起源、諸説あり(詩経・楚辞 の離騒・竜トーテム崇拝・夏季の病気予防説など)
  • 日本に伝わったのは弥生時代くらいから
  • 武士が台頭してくるに辺り、端午の節句は男子のためのお祭りになった。
  • 菖蒲は魔除けや清めに使われている。
  • 吹流しや鯉のぼりは日本独自の文化。
  • 中国では端午節でドラゴンレースを楽しみ、ちまきを食べ、菖蒲酒や菖蒲湯を楽しんでいる。

個人的な意見として屈原の命日と健康祈願の風習がミックスされたのが中国の端午節で

更に日本では五月忌みの風習とか武士の文化と混じり合って今の端午の節句になったって感じですかね。

武家のお世継ぎを大事にする風習が混ざって日本の端午の節句が出来たという感じですね。

 

 

だから、端午の節句と中国の端午節は微妙に違うし、厳密にはこどもの日と端午の節句は違うものなんですね。

ではでは(^ω^)ノシ

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